群馬県 渋川市 伊香保 水沢観音 二階に登れる山門 全国でも珍しい回転六角堂

群馬県 渋川市 伊香保町 水沢。

伊香保温泉の南に3kmほどの所の山間に「水澤観音」はあります。

水澤というと「水沢うどん」を思い浮かべる方も居るかと思います。

「水澤観音」と「水沢うどん」

「日本三大うどん」の一つに数えられている「水沢うどん」

他の2つは、「讃岐うどん」「稲庭うどん」です。「讃岐うどん」=香川県(讃岐)、「稲庭うどん」=秋田県(稲庭地区)。この2つは特に著名なので、多くの方が地域を特定できるものですが、「水沢うどん」はどちらかと言えばあまり知られていません。

なので「水沢うどん」は何処のうどん?と思う方も多いと思います。

「水沢うどん」のある場所は、群馬県 渋川市 伊香保 水沢。「伊香保」とは、伊香保温泉の伊香保です。「水沢」は、「水澤観音」の水沢。水沢うどんは、水沢観音の参拝者や、伊香保温泉の湯治客に向けて振舞われたのが始まりとされます。

世が乱れた時代に人々が多く訪れた「水澤観音」

始まりの時代は、天正時代と言われています。

元号で「天正」といえば、思い浮かべる方も居られるかも知れませんが、天正の世の20年間に、上杉謙信・武田信玄が死去(何れも病死とされている)、信玄の後継である武田勝頼が敗北・自害、天下を目前にした織田信長が本能寺の変で死亡、豊臣秀吉が関白になる、といったまさに戦国の世において特に激動の時代でもありました。

旧・上野国(現・群馬県)においてもこの時代は、越後上杉氏・甲斐武田氏・相模北条氏によって領内が争われる事になります。

「水澤観音」の創建は飛鳥時代(592~710年)とされていますが、うどんが作られ参拝客に振舞われるようになり土着の産物となったのは、800年後の天正。この時代に参拝客が多く訪れ、以後、水沢でうどんが土着の産物となります。

うどん自体の発祥は、諸説ありますが、平安から鎌倉時代の西暦800~1200頃には、既に中国から伝わっていました。

「水澤観音」は元々から坂東三十三観音の一つに数えられる札所でしたが、それに加えて前述したように天正時代が、日本も旧・上野国の群馬県も、戦乱の多い乱れた世であったため、観音様の御利益である「厄除・延命・病気平癒・円満」などを求め、参拝者が増えていった事で、水沢うどんが生まれ、発達していった・・・、と考えられると思います。

水澤観音こと水澤寺は、群馬県渋川市から、榛名山に向かって少しづつ標高を上げていき、榛名山東の山麓から伊香保温泉へ至る道の途中にあります。

寺の建つ場所は、榛名山東麓に幾つか流れる大きな沢筋からは少し離れた所にあります。開山から1300年間、火災には遭いましたが、山の斜面に立ちながらも長い間存在しているのは、水害に遭いにくい土地であると言えるのかも知れません。

参拝は、山門を正面から見て階段を上ってゆくのが赴きがある

水澤観音があるのは、前述の通り榛名山麓にあるため、車で参拝するのが一般的です。

駐車場は2か所あり、1つは寺の山門の階段下の駐車場と、もう1つは山門を登った本堂と同じ位の高さに設けられている大駐車場があります。

大駐車場は100台以上は停められるほどの大きな駐車場で、観光バスなどの駐車スペースもあります。また、前述の通り本堂とほぼ同じ高さにあり、平坦な道を歩いて参拝ができるので、殆どの参拝者はここを利用しているようです。

ですが個人的には、水澤観音の参拝は山門の階段下の駐車場に停めて、手水舎で手と口を清め、階段の下からの山門を眺めて、その景観の良さを見てから参拝するのが良いです。

昔の人々はそのように参拝して、心より平穏を望み、祈りを捧げていたのではないかと思います。

二階に登ることのできる山門「仁王門」

朱塗りの仁王門は、どの方角から見ても絵になる佇まいです。

この門の良いところは、門の裏側の両側にある階段から、門の二階へ上がれることです。

一般の人が、二階へ上る事の出来る山門はなかなかありません。

建物を傷めないよう配慮しながら、是非上がってみることをお勧めします。

水澤観音の本堂では、祈祷を受けることが出来ます。

常に参拝者の多いお寺なので、年始などはかなり混みあうと思います。

祈祷をしていただく時期や日については、参拝者の多い時期や週末などを避ける事で、あまり待つ事なく、なおかつ少数で祈祷が受けられるため、より実感ができます。

本堂の正面天井には「龍」が描かれている

本堂正面の天井には、写真のような見事な龍が描かれています。

上部にあるので、見落としがちかも知れませんので、参拝の際には留意して見てください。

画風は、有名な日光東照宮の「鳴龍」のような水墨画です。このように、本堂の正面の天井に龍が描かれるのも、珍しいものです。また、見ての通り、本堂の壁面上部にも、細部まで彫られた彫刻と豊かな彩色が成されています。

摂社の一つである「飯縄大権現」です。

飯縄大権現とは、元は信濃国(現在の長野県)にある飯縄山を発祥とする山岳信仰の神様で、戦勝の神様とも言われています。

飯縄山に近い、越後(現在の新潟県)の春日山城を居城としたあの上杉謙信は、自らの兜の前立(兜の前飾りですね)に飯縄大権現をあしらっていた事が知られています。

ですが、飯縄山は修験道の地であったため、飯縄信仰は山岳信仰とみなされていました。

そのため、水澤観音も榛名山麓にあることから、ここの飯縄大権現も「山岳信仰=水澤観音のある山を守護する神様」として祀られたのではないか、とみなす事ができます。

水澤観音の名所として、写真の六角二重塔があります。

この二重塔は、回転する構造になっている珍しいもので、日本でも数か所ほどしかありません。

二重塔には6本の真横に出ている棒があり、それを持ち3回、左回り(反時計回り)に回転させる事で

真心が供養されるとあります。

休日には参拝者が多いので、順番待ちになる事もあります。そのような場合は、6人で回転させる事が出来るので、同時に行うなどの配慮が必要な場合もあります。

「龍王辨財天」です。

立札には、

「此の水は 当 水澤観世音の霊泉にて 財を施し療し天寿を全うする事は龍王弁財天の示す処也  当山」

と書かれています。

弁天様とは、一般に芸の神様として信仰されています。

龍王辨財天のある場所は、本堂正面のお守りが売られているお札場の左隣にありますが、敷地がやや小さいので、見落としがちかも知れません。

また、この辨天池の隣に「豊家一神」と称された、山水に住める蝦蟆(ガマ)の陰霊を祀った泉もあります。この豊家一神の立札には、

「山水に住める蝦蟆の陰霊を祀り豊家一神と称す。この体に一杯の水を注ぐとき、諸願成就す    当山」

と書かれています。

龍王辨財天、豊家一神とも、写真の通り祀られている泉にはお賽銭が多く投げ入れられていますが、前述の通り、大きな水澤寺においては見過ごしてしまいがちです。両方とも綺麗に整備されており、心洗われるように泉は透き通っています。忘れずご参拝をお勧めします。

水澤観音の周囲には何軒もの大きな水沢うどん店があります

水澤観音の周辺には、何軒もの大きな水澤うどんのお店があります。

写真は、水沢うどん店のうち大きなお店の一つ「大澤屋一号店」です。

ご覧の通り玄関を入ると大きなホールがあり、待合所と売店になっています。

ホールの右にはテーブル席があり、左にはお座敷の席があります。

お客の数が多く、駐車場から混雑していますが、店内の座席数も多いため、回転が早いのであまり待たずに着座できます。この時は10分も待たずに席に着きました。

水沢うどんを提供するお店は、ここ群馬県渋川市伊香保水沢にある幾つかの店舗と、伊香保温泉街にある数店舗のほか、群馬県内に数店舗しかありません。

歴史のある水沢うどんですが、広く展開しないのは、地元の味を守りたい、古くから伝わる味を確かに伝えていきたい、などの理由があるのかも知れません。

写真のうどんは「釜揚げ」です。

水沢うどんの面は、少し細めで、ややコシと歯ごたえのある麺です。

地元野菜の天ぷらがセットメニューとして掲載されています。

温かいうどんだけでなく、ざるうどんなど、冷たいうどんもありますので、お好みで食べられます。

コメント

Translate »
PAGE TOP
Verified by MonsterInsights