群馬県 多野郡 上野村。
群馬県の南西部に位置しており、村の殆どは深い山と森に囲まれた、大自然の村です。
村へ行く主な道は、2本
上野村に行くには、主には神流川添いの道を下流から上流に向かう道と、下仁田町から群馬県南牧村を経て、平成21年(2009年)に完成した全長約5kmの湯の沢トンネルを通る道とがあり、何れも山道を車で1時間近くかけて着く場所です。
街から上野村までの道は概ね整備された2車線の道ですが、今だ拡張されていない対向車がすれ違うのも難しい道も残ります。
ですが、その景観は素晴らしく、常に緑を目にし、美しい川や渓谷を通過したり、古くても味わいのある家並みのある里を目にしたり、奥深い山間のところどころに存在する小さな集落も、たとえ不便だとしても自然と共に、自然を愛し営んできた人の心を感じる事ができます。
途中にはいくつかの道の駅もあり、休憩するにも良い。店の人も新設です。
近隣自治体との合併をしない選択
群馬県上野村は「平成の大合併」時にも「合併しない宣言」を出した数少ない村。
ウィキペディアによれば、上野ダム完成に伴い固定資産税が増加したためとあります。村の税収が増加し、収支が楽になったのもあるのかも知れません。
しかし、村の魅力は、前記した通り、その豊かな自然だと思います。
上野村で道すがらに目にするのは、村の山で伐採されたであろう沢山の材木です。村の主な産業は、この林業関係と観光業かと思われます。林業は、上野村が発行する村の観光パンフレットにも掲載されている通り、地産地消に取り組み、雇用を生み出しています。
地産地消のサイクル
上野村は峻険な山に囲まれ、平地が少なく、当然の事ながら耕作地が少ない。他の道の駅に見られるような、地域の野菜なども多くは扱う事が難しい。
けれども、林業によって巡る地産地消を、村は工夫をして産業としているのが見て取れます。
また、村への移住者の推進も、積極的にしているように感じます。村内には、ログハウスがまとまって建てられている場所があり、そのログハウスは外来者に対しての宿泊施設ではなく、村で生活をする人が住むの建物のようでした。購入か賃貸かは解りませんが、おそらく移住者に対して用意をしてくれている建物ではないかと思いました。
自然を生かした観光開発
そして、観光業も同じように思います。
不二洞内部から、外へ通ずる孔を見上げる
村には、関東一の規模と言われる鍾乳洞「不二洞」があります。数十年前までは、それほど観光地としてのアピールはされていなかったように思いますが、近年は、より世間に認識されるように努めているように思えます。一部古い表示板などが残されていますが、それは今後、片づければ済みます。
そして、不二洞の傍には「上野スカイブリッジ」という歩行者専用吊り橋が架けられ、対岸の山の斜面に繋がっており、行き来が出来るようになっています。不二洞側から橋を渡ると「まほーばの森」と名付けられた、軽食が出来る木造のレストラン、芝そりゲレンデ、グランピング施設、コテージなどがある他、近年、各地で人気を集めている樹木上に作られたアスレチック施設があり、ここには「フォレストアドベンチャー上野」がある。「フォレストアドベンチャー」(以下参照)は全国に施設があるが、設置されている場所で最も山間なのは、この上野村です。つまり、複合施設による相乗効果を期待して、ここに誘致したのではないかと思われます。
自立を目標とした村の行政
村を通る国道299号線沿いには、国によって設置された「道の駅 上野」がありますが、別の場所には村が設置した「川の駅 上野」があり、多くの行楽客が居ました。
これらの様子から「村は国だけに頼らず、面積の多くを森林が占めている自治体としての道を拓こうとしている」と思わせてくれます。
前述しましたが、合併していないことも良いと思います。他市町村にも言えることでが、元のその地域が持つ特色が薄れてしまいます。
忘れてはならない「日航機墜落事故」
また、忘れてはならないのが、この上野村は「日航機墜落事故」の現場となった場所ということです。
出来れば、実際に慰霊が行われる「御巣鷹の尾根」まで赴き手を合わせたい気持ちはありましたが「御巣鷹の尾根」は上野村の南端にあり「不二洞」近くの国道299号線沿いに位置する上野村役場付近からでも、車で1時間近くの道のりを要する場所にあります。
毎年テレビで報道陣と共に慰霊登山の御様子が映されていますが、実際はとても険しいところです。
そのため、国道299号線そばにある「慰霊の園」で線香を上げさせて頂く事としました。
「慰霊の園」はとても綺麗に整えられている施設で、敷地内には日航機事故に関する展示施設も建てられています。私が訪れた時も、駐車場には20台ほど外からの車が停まっていて、訪問者が多く居られました。
悲惨な事故でしたが、これを負の遺産に限ったイメージとせずに、このようなきちんとした施設を作り、犠牲者をいつまでも丁重に弔い、その魂を慰霊しています。
私自身もずっといきたいと思っていましたが、ようやく訪れる事が出来てよかったと思っています。
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